7月30日 月曜日 入院53日目 術後45日目
本日の医局長回診。私の顔をちらっと見た後、いきなり私の右足をつかみ、動きを確かめる。そして一言。
「屈曲が今一つだね。」
それだけを言うと、すたすたと次の患者のところへ行った。昔、田宮次郎主演であったテレビドラマよろしく、下っ端の医師が医局長のあとをついてまわる。医局長が質問すると主治医の若い医師が緊張して答えている姿をながめておかしくなった。
月曜の医局長回診だけならまだしも、水曜日は院長回診、そして金曜日は副院長回診がある。そのたび、患者は神妙にベッドの上で待っていなくてはならない。まあ、偉い先生が入院している全患者を把握するという意味ではいい制度だろうけど、なんだかなあ・・・・。
「調子はどうですか?」
「まあまあです。」
それだけの会話をするのに、じっと医師がやってくるのを待つのも疲れるシステムだ。
8月2日 木曜日 入院56日目 術後48日目
本日から三分の二荷重の許可がでる。今まで二本の松葉つえでスタスタと歩けるようになった身なので、簡単に三分の二荷重もクリア出来ると思いこんでいた。
しかし、実際に三分の二の体重を右足にかけようとすると恐怖が先に立って、なかなか体重移動が出来ない。荷重することで関節の痛みも強くなった。
平行棒を片手だけの把持だけで歩行するように担当PTに指示された。二本の松葉つえでは、ほとんどの体重が松葉つえによってささえられていたが、片手だけの把持では、否応なしに右足に体重がかかる。
エイヤッ!と気合をいれて右足を踏み出した。その途端、体重を支えきれずに、身体がグラッと揺れ、転倒しそうになった。PTがあわてて倒れようとする私の身体をささえた。PTにしても、かなり冷や汗もんだっただろう。
ホーッと胸をなでおろしているPTを横目で見ながら、私は情けなさや悔しさがつのり、あふれてくる涙を止めることが出来なかった。
リハビリが終わり、椅子に座ったあと、膝に10分間のアイスパックをしている時も、私は劣等感がつのり、ずっとうつむいていた。すると、担当PTのNさんが、私の前にひざまつき、まっすぐに私の顔を見つめてきた。
Nさんの澄んだ瞳が私をじっとみつめ、
「必ず歩けるようになります。そのために僕がいます。焦ることないですよ。」
その慰めでさらに涙があふれてきて、「むこうに行っててください。」としか言えなかった。
私の右足は、私が思う以上に歩くことを忘れている。それ以上に、体重を多めにかけただけで、耐えがたい膝の痛みが出現することに、意気消沈している。
8月3日 金曜日 入院57日目 術後49日目
三分の二荷重の歩行訓練続行中。
昨日は情けなさに涙したが、今日は気をとりなおし再挑戦。ゆっくり、ゆっくりではあるが、平行棒の左手だけの把持だけで歩くコツが飲み込めてきた。一人で5mの平行棒を歩き切った。
担当のNさんは、すでに次の患者のリハビリにあたっていて、かなり遠くにいた。しかし、遠目で私の歩行状態もちらちらと視線を送っていたのだろう。5mを歩き切った嬉しさに、思わずNさんを探すと、ずっと遠くにいたNさんが両手を頭上にあげ、大きな丸を作っているではないか!私もそれに応え、満面の笑みで両手を頭上にあげ、強く拍手した。担当PTと患者との声にならない会話だ。
リハビリ終了後、
「自分は明日休みだけど、自主練習にきますか?」と聞かれた。
「モチロン!」と元気よく答えた。
8月5日 日曜日 入院59日目 術後51日目
主治医のM先生は現在夏休み中。そうか、世間は夏なのだ。冷房がきいて、寒いぐらいの病室にいると、世間の猛暑を感じることがない。「温泉にいって、奥さん孝行と子守りをしてきます。」だって・・・・。いいなあ。
8月6日 月曜日 入院60日目 術後52日目
主任研修五日目。今までは車いすでの参加だったが、本日初めて松葉つえで参加した。受講生がその回復をよろこんでくれた。本日の講義はスーパービジョン。講師は片岡先生。とても感銘を受け、今後も、この先生の名前は覚えておこうと思った。
8月7日 火曜日 入院61日目 術後53日目
本日のリハビリで初めて、左手一本の松葉つえ歩行に挑戦した。もちろん、私が転倒しないようPTのNさんが私のズボンのうしろのゴムをしっかり引っ張り上げ、つかみどころのない私の右手を手のひらでささえての訓練だ。
この格好をはたから見れば、3~4歳の子がちょろちょろしないようズボンのゴムを親が引っ張り上げている図じゃないかとおかしくなって、一人含み笑いをしていた。
廊下に出て、少し歩行訓練することになった。売店方向に進もうというPTに、
「あの~、どっちかというと、喫煙所まで安全に松葉つえで行けるよう訓練するほうが、何かと身のためになるかと・・・・」
私の申し出にクックと笑いつつも、喫煙所までついてきてくれた。ここが坂になっていますから、ゆっくりと・・・なんて真面目に教えてくれる。おそらく、喫煙所までの道のりを訓練しろといった患者は、私が初めてだろう。アッハッハ。
だって、喫煙所の仲間とのコミュニケーションは、今の私の楽しみの大部分を占めているのだ。みんないいおっさんばかりではあるが、人がいい。妙な連帯感が出来ていて、リハビリ室で会うと励ましあったり、ヤジが飛んできたりする。その関係が心地よい。
いつも空を見上げ、小さな島にいる家族を思う漁師さん。お月さまみたいな笑顔がかわいいおじいちゃん。聞けば医者という。私のかかりつけ医になってと頼むと、去年隠居したんじゃ、息子の代になった途端、患者が増えてなあなんてことをおかしそうに話す。モトクロスが好きで、バイクから落っこちて骨折した会社員。治癒すれば又すぐにモトクロスをやるという。そうそう、イケメンのプロ野球選手、ハンドボールの選手やら、いかにもそれらしいサーフィン野郎も・・・・
なかなか素晴らしい、コミュニティエリアだ。
つづく
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