もうすぐ90歳になろうとしている利用者がいる。若い時に米軍関係の仕事をしていたとかで、英語がペラペラ。日記も英語で書かれているのを見せてもらったことがある。典型的な亭主関白で奥様を押さえつけていた。
しかし、年を重ねるごとに段々認知面での低下をきたしてきた。奥様も認知症で「ヘルパーが物を盗っていく。」との訴えに翻弄されながら、ご夫婦の支援をしてきた。まさに認認介護だ。担当の山下ケアマネが訪問するといつも夫婦喧嘩をしており、その仲裁をするのが習わしであった。
これは、夫婦の距離を少し離したほうがよかろうと、奥様をしばらくショートステイに預けようかと持ちかけると、ご主人が言った言葉にため息が出る。
「おお、どこでも行け!二度と帰ってくるなよ!!」との暴言。そう言われた奥様はショートステイ利用を躊躇されている。さて、どうしたものか・・・・?ケアマネを悩ませながらなんとか在宅生活を維持してきた。
ところが、先日の日曜日、このご主人が脳出血で倒れてしまったのだ。かなり広範囲の出血があり、意識はもうろうとしている。半身麻痺が残り、呂律が回らず思ったことをスムーズに言葉にすることも出来なくなった。突然の出来事である。子供はなく、頼りになる親族もいない為、専務、山下ケアマネが病院へ走った。あまりの変わりように山下ケアマネもショックを受けていた。
奥様は一人では病院へ行けない。心配しているだろうと、昨日山下ケアマネが病院まで奥様を連れて行ったそうだ。奥様がご主人のベッドに近づく。
「奥様が来られましたよ。」とケアマネが声をかけると、うっすらと眼をあけたご主人。奥様を視界にとらえると、うまくまわらない唇で言った。
「ご飯、食べてるか・・・・?」
たったそれだけの言葉を発したそうだ。毎日毎日喧嘩に明け暮れたご夫婦。自分の命さえ危ういと言う時に、発した言葉は奥様への気遣いだった。
「感動しました。」と山下ケアマネがミーティングで話してくれた。これが、60年の夫婦の歴史なのだろう。絆なのだろう。この仕事をしていると、さまざまな家族関係を目の当たりにする。だけど、表面的には現れなくても、他人には計り知れない家族のきずなというものを言葉の中から、行動から推し量ることも大切だなと感じた。
宇野 恵子