担当している利用者が逝去された。
2号保険者で、まだ65歳にも満たないというのに・・・・ご主人から連絡を受けて、びっくりしてしまった。死化粧した顔は、とてもきれいで、苦しみから解放されたような穏やかな顔をしており、涙を誘う。安らかに・・・と祈ってきた。
ケアマネージャーという仕事は、いつも死と隣り合わせだなあと最近感じる。高齢者のケアマネジメントをしているのだから、いくつき先は、死であることは、百も承知しているのだけれど・・・・
ケアマネ歴3年。その間に逝去された利用者15人。みんなそれぞれに思い出を残してくれたなあと感慨深い。お盆が近い。それぞれの親族のおうちに無事に帰ってきてくださいね。
さて、わが娘に宅配便を送ったというのに、何の音沙汰もなかった。しびれをきらし、こっちから電話をかけた。
「あっ、お母さん?うん、届いたよ。お母さん、ナイス チョイスだね!!」という、一言で終わり。現代っ子だね。シルバーデンさんのところの息子様と同じだ・・・・
私がずっとずっと若い頃。看護師の免許をやっととり、働き始めたばかりの頃だ。給料もまだまだ安い中で、毎月一万円を実家に送っていた。たった一万円だけれど、送ったあと、1週間もすると必ず父親から葉書がきた。
「元気で働いていることと思います。この度は、大そうな心使いを、ありがとうございました。体には十分気を付けてください。」という、短い文面。毎月、毎月同じ文面だったけれど、わずかなお金を送ってくる娘へ無骨な指で礼状を書いている情景が浮かんできた。なんだかとても親孝行している気になったものだ。
ひるがえって、今年から社会人になった長女。自宅通勤しているというのに、先月は、
「沖縄に行くんだけど、予算が足りないの。カンパして~!!」ときたもんだ。
30年前と何がちがうのかなあ・・・と考えたとき、貧しさと豊かさなんだろうなと気がついた。
親も子も貧しかった頃、お金の大切さやありがたさがわかっていた。現在、娘の哀願に、
「しょうがないわねえ。あとで返しなさいよ!」といって、お金を渡す親になってしまった私。返ってこないだろうことも十分承知している。そこには、ほのぼのとした親と子の情愛など、みじんもない。
宇野 恵子
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